2006年、今年から気持ちも新たに、 西雲寺の二人の僧侶がお講さまの席で一席ずつ法話をすることになりました。 一哉は今月のカレンダーの言葉から、 住職は新聞に掲載された言葉から、それぞれ引用されて、 ご本願にあうということについて説かれました。 二人は打ち合わせをしないので、 あとから話される住職が、息子のお説教の中身を聞いてから同じテーマに沿って話されるのです。 連続で二人の方が同じテーマで話される機会は、滅多にありません。 ボーっとしている暇などないほど、失礼な表現ですが「刺激的な」時間です。 住職が冒頭で、 「お説教は本当に難しい、それは私達の根性が弥陀の本願と反発して難しくしているからだ」と おっしゃった言葉が、とても印象的でした。 無意識に反発する心を抱えたまま、お念仏を聞き続けることが、私達の生きる道なのでしょうね。 |